Rev.003




Yukihiro Takahashi's CDs




2.YMO〜¥EN期

 YMO結成(1978年2月19日)後の1978年から¥ENレーベル時代の1985年までを見ていこう。

 その前に基準となるYMO結成日を定義しておこう。当時、細野晴臣は、「はらいそ」のレコーディング中で、1978年2月19日は「ファム・ファタール〜妖婦」のレコーディングが終了した日である。その時セッションに参加していた坂本龍一と高橋ユキヒロ(25歳)が細野家に招待され、YMOの構想を聞き、賛同するのであった。(ファーストアルバムのレコーディングが開始されたのは7月10日のことで、リリースは11月25日である。)




Pacific

 1978年4月にレコーディングされ、同年6月21日発売のオムニバスアルバム。参加メンバーは、山下達郎、林 立夫、鈴木 茂など、細野晴臣ファミリーである

 「Cosmic Surfin'」は、YMOのメンバー3人+浜口茂外也(パーカッション)で作成され、準YMOと言える。

曲順曲     名
8.Cosmic Surfin'






Saravah!/高橋ユキヒロ

曲順曲   名歌詞
A.1.VOLARE (NEL BLU DIPONTO DI BLU)
A.2.SARAVAH!
A.3.C'EST SI BON日、仏
A.4.LA ROSA
A.5.MOOD INDIGO
B.1.ELASTIC DUMMYInst.
B.2.SUNSET
B.3.BACK STREET MIDNIGHT QUEEN英、日
B.4.PRESENT

 1978年5月からレコーディングが開始され、同年6月21日にKINGレコードのSEVEN SEAレーベルから発売された高橋ユキヒロ(26歳)のファーストアルバムである。

 ブラス&ストリングス、キーボードのアレンジは全て坂本龍一が担当(B.1の作曲も教授)、ベースはもちろん細野晴臣が演奏している。アルバム作成はYMOのレコーディング以前であり、3人が競演しているが、テクノ的な部分は全くない。

 アルバムを一言で言うと、「お洒落なフレンチポップス」。タイトルの「Saravah!」は、ポルトガル語が語源で、サンバやその作者をたたえる言葉だそうだ。カバー曲はA.1、A.3、A.5の3曲。歌詞で特徴的に思えるのは、以後のアルバムで相手のことを「君」と呼ぶ(B.4でも「君」だ)のに対して、「お前」(A.2、B.3)という呼び方をしていること。

 サディスティック・ミカ・バンドやサディスティックスでは見せなかった、真面目で、お洒落で、ロマンティックで、ムーディーなアルバムである。この時点では、幸宏節(彼の特徴的なコブシを回した歌い方)は出てこない。落ち着いて聴ける、どことなく懐かしさを感じる1枚である。





YMO

 1978年秋から1980年春頃までは、YMOに専念。一挙に5枚のアルバムが出ている。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA(日本版) YELLOW MAGIC ORCHESTRA(米国版)


1978/11/251979/07/25

SOLID STATE SURVIVOR PUBLIC PRESSURE(公的抑圧)

 

1979/09/251980/02/21

X∞増殖

1980/06/05






MURDERED BY THE MUSIC(音楽殺人)/高橋ユキヒロ

曲順曲   名歌詞
A.1.SCHOOL OF THOUGHT
A.2.MURDERED BY THE MUSIC
A.3.KID-NAP, THE DREAMER
A.4.I-KASU!Inst.
A.5.RADIOACTIVIST
A.6.NUMBERS FROM A CALCULATED CONVERSATION
B.1.BIJIN-KYOUSHI AT THE SWIMMING SCHOOLInst.
B.2.BLUE COLOR WORKER
B.3.STOP IN THE NAME OF LOVE
B.4.MIRRORMANIC
B.5.THE CORE OF EDEN

 1980年2月からレコーディングが開始され、4月までの間延べ160〜170時間費やし、同年6月21日にKINGレコードのSEVEN SEAレーベルから発売された高橋ユキヒロ(28歳)のセカンドアルバムである。

 アルバムを一言で言うと、「お洒落なブリティッシュポップス」。カバー曲はB.3のみだが、幸宏節の走りを感じさせる歌い方だ。幸宏節らしき歌い方は、タイトルチューンのA.2とYMOでもライブで演奏したことのあるB.5もそうだ。

 サウンド的には、シンセも使用しているがギターも多い。これは、加藤和彦がプロデュースしたベンチャーズの「カメレオン」に参加したことの影響が強いのかもしれない。YMOからの影響としては、歌詞が全て英語になっていることだろうか。 もちろん、YMOのお二方も当然参加しており、教授はA.1を、細野さんはB.2を作曲している。そして、このB.2は、カラオケ屋でユキヒロの初期作品として唯一提供されている曲だったりする。(UGAの場合。)

 ポップな曲が大半だが、YMOでもライブで演奏したことのあるB.5はバラードで、これでアルバム全体の起承転結が出来ている。







YMO

 1981年からは、YMOはいわゆる中期(最もYMOのコアなファンが好きな時代)に突入する。

BGM

1981/03/31






NEUROMANTIC(ロマン神経症)/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.Glass/ガラス
A.2.Grand Espoir/大いなる希望
A.3.Connection/コネクション
A.4.New (Red) Roses/神経質な赤いバラInst.
B.1.Extra-ordinary/非・凡
B.2.Drip Dry Eyes/ドリップ・ドライ・アイズ
B.3.Curtains/カーテン
B.4.Charge/チャージInst.
B.5.Something In The Air/予感

 1981年6月5日にAlfaレコードから発売された高橋幸宏(28歳)のサードアルバムで、レコーディングはロンドンで行われた。

 BGMに強く影響された感があり、非常に繊細でロマンティックな仕上がりである。タイトルの「NEUROMANTIC」自体、「Neurose(ノイローゼ:神経症)」と「Romantic(ロマンティック)」の造語である。ジャケットのイラストのように、本当に神経質で繊細な音作りで、このアルバムに関しては幸宏節は無く、英語の発音も指導を受けて歌ったそうだ。

 さらに、このアルバムから「高橋ユキヒロ」から「高橋幸宏」にクレジットが変わっている。ポップなカタカナから、繊細で神経質な(?)漢字になった感じ。とにかく、この時期の一番の名作であることは疑いの余地もない。

 シーケンスを多用したシンセサウンドが多く、それでいてギターがメロディーラインを取る曲(B.4)もある。このインスト曲の間奏部分のいつまでも続くしつこいシーケンスが個人的には大好きだったりする。さらに幸宏はドラマーであるにもかかわらず、B.3ではドラムが使用されていない!

 カラフルで、繊細で、色々なサウンドが楽しめ、一言で言えば、「BGMを昇華させた究極の完成型」がこのアルバムだ。YMOファンなら絶対に聞くべし。





YMO

 中期の後半で、サンプラー(LMD649)が多用された時期である。

TECHNODELIC

1981/11/21






EXITENTIALISM(出口主義)/THE BEATNIKS

曲順曲   名歌詞
A.1.Le Sang du Poete/詩人の血
A.2.No Way Out/出口なし
A.3.Ark Diamant/ダイヤモンドの箱船
A.4.Now And Then.../時々
A.5.Loopy/ルーピィInst.
B.1.Une Femme N'est Pas Un Homme/女は男じゃない
B.2.Mirrors/鏡
B.3.Le Robinet/蛇口
B.4.L'Etoile de Mer/ひとで
B.5.Invitable/来るべき世界
C.1.River In The Ocean/洋の中の川

 1981年12月5日にvapから発売されたTHE BEATNIKSのファーストアルバムである。

 「THE BEATNIKS」という名は、間違いなく幸宏が多大な影響を受けた「The Beatles」から来ているが、ムーンライダースの鈴木慶一と高橋幸宏(29歳)の二人によるユニットだ。

 TECHNODELICに強く影響された感があり、テープを使ったループやサンプリングが多用されている。一言で言えば、「TECHNODELICの別バージョン」という感じだ。

 タイトルからも想像が付くように、非常に神経質な歌詞が多い。でも、アルバムの作成過程で「出口なし」の場所から、希望のある「来るべき世界」が見えてきた感じである。その途中では、テクノとフレンチポップスの融合があったり、水の底に沈んだり(時々)、海で漂流したり(ひとで)と波瀾万丈だ。

 アルバムは元々10曲構成だったが、CD化される際に、後に出たシングルC.1(1982/09/01)がボーナストラックとして追加されている。

 A.1はループしたテープが使われており、右と左で、それがどんどんずれていくというギミックが使われている。A.2は音数が少なく、非常に攻撃的なドラムが気持ち良い。B.2はテンポは速くないのに、スピード感があって気持ち良い。B.5はラスト曲らしく、非常に盛り上がって気持ち良い。

 気分が滅入ったとき、このアルバムを聴いて、一度沈めるところまで沈んでから、希望を見出して元気になるというのが、良いのかもしれない。





¥ENレーベル

 ¥ENレーベルは、1982年5月21日に、細野晴臣と高橋幸宏が共同プロデュースする作品を世に送り出すために作られたレーベルである。以後のYMOのアルバムも¥ENレーベルでリリースされる。

 ここでも確執なのか、YMO散会後に坂本龍一は、MIDIレコードを1984年に設立することになる。





WHAT,ME WORRY?(ボク、大丈夫!!)/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.WHAT,ME WORRY?Inst.
A.2.IT'S GONNA WORK OUT/きっとうまくいく
A.3.SAYONARA/サヨナラ
A.4.THIS STRANGE OBSESSION
A.5.FLASHBACK/回想
B.1.THE REAL YOU/本当の君
B.2.DISPOSABLE LOVE/使いすてハート
B.3.MY HIGHLAND HOME IN THAILANDInst.
B.4.ALL YOU'VE GOT TO DO/すぐそこにある
B.5.IT'S ALL TOO MUCH/すべて 素晴らしすぎる


 1982年6月21日に¥ENレーベルから高橋幸宏(30歳)がソロでリリースした1枚目のアルバム。通算4枚目のアルバム。レコーディングはロンドンと日本。

 一言で言えば、「ブリティッシュ・ロック」。YMOを通じて歌詞が英語であることが多かったが、日本語曲がある(それもバラード)のが特長である。また、幸宏節も本格的になってきた。

 A.1とA.2がメドレーになっている。シンベっぽい音が、シーケンスフレーズに変化するのは、驚いた。さらに、The BeatlesをB.5でカバーし、A.4はザイン・グリフの作詞・作曲・歌という斬新さもある。

 恋愛や片想いをテーマにした歌詞もこの頃から増えてきた気がする。



ボク、大丈夫?/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.FUTARI NO KAGE NI/二人の陰に
A.2.FLASHBACK/回想
B.1.DISPOSABLE LOVE/使いすてハート日、英
B.2.SAYONARA/サヨナラ
B.3.ICH BIN DER GLUCKLICHSTE MENSCH AUF DER WELT/白銀は招くよ


 1982年7月21日に¥ENレーベルからリリースされたミニアルバム。通算5枚目のソロアルバム。レコーディングは全て、日本である。

 一言で言えば、「日本語に目覚めた幸宏」。前作で日本語曲の評判が良かったので、日本語曲だけのミニアルバムを作った。B.1のみAメロのみを日本語にしてあり、Bメロとサビはオリジナルの英語のままである。

 当時、丸い幸宏の写真の部分はジャケットをくり抜いた状態で、レコードのレーベルが直接見えている。つまり、中央のレーベルが非常に大きく、レコードは大きいのに録音されている溝の部分は逆に非常に少ないという形状で、ミニアルバムになっている。

 前作から1ヶ月しか経過していないが、A.1やB.3の完成度は高く、前作と同じ曲も収録されているが、アルバム全体としては全く別物として聴ける名作である。







YMO

 後期の前半で、当時は「歌謡界への殴り込み」とか言われた。サウンドはとても聴きやすい物になっている。

NAUGHTY BOYS(浮気なぼくら)浮気なぼくら(インストゥルメンタル)

1983/05/241983/07/27






Tomorrow's Just Another Day(薔薇色の明日)/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.Ripple英、仏
A.2.My Bright Tomorrow
A.3.蜉蝣/Kagerou
A.4.6月の天使/Rokugatsu no Tenshi
A.5.前兆/Msebure
B.1.Coincidence/偶然
B.2.This Island Earth
B.3.Are You Receiving Me?(Remix)
B.4.Good Time
B.5.The April Fools


 1983年8月25日に¥ENレーベルから高橋幸宏(31歳)がソロでリリースした通算6枚目のアルバム。レコーディングは日本。

 一言で言えば、「¥EN時代のベスト盤」。シングルリリースされた曲が多く含まれているのも特長である。1/1リリースのB.3、6/25リリースのA.5がそれで、ニッカウィスキーのCMソングに使用された。

 A.3〜A.5の日本語曲は、YMOのNAUGHTY BOYSの影響があるのかもしれない。特にA.4のなんてことない非常にポップな曲は、Expecting Riversのように、ご機嫌でノリノリ。

 カバーはB.2、B.5。特に後者はピアノがメインのバラードで、美しい。







WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS/オムニバス

曲順曲   名歌詞
B.5.ドアを開ければ...


 1983年11月28日に¥ENレーベルから高橋兄弟の呼びかけで作成されたクリスマスをテーマにしたオムニバスアルバム。

 細野晴臣のインスト曲で始まり、高橋幸宏のヴォーカル曲で終わる構成。他の参加者は、ムーンライダース、越美晴、上野耕路、戸川純、ピエール・バルー、大貫妙子、伊藤銀次、立花ハジメ。







YMO

 後期の後半。共作はともかく、3人のオムニバスアルバム的な感じで、YMOという化け物の終焉を感じる。

SERVICE

1983/12/14






tIME and pLACE/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.My Bright Tomorrow
A.2.蜉蝣
A.3.Drip Dry Eyes
A.4.Flashback
B.1.前兆
B.2.Something In The Air
B.3.It's Gonna Work Out
B.4.The April Fools
B.5.Hsppiness Is Happening


 1984年1月25日に¥ENレーベルからリリースされた、高橋幸宏(31歳)の初ソロライブアルバムで、通算7枚目。

 1983年の乗りに乗った高橋幸宏のソロ・ライヴをアルバムにしたもので、サポートメンバーは、ギターにBill Nelson、Sax・Key・G・Vocalに立花ハジメ、Key・Vocalに鈴木慶一、ドラムがDavid Palmer。

 一言で言えば「ライブによるベスト盤」。だから、ライブアルバムであるのに曲数が少なく、おまけ的に最後にスタジオ録音の新曲が入っている。この曲がまた、垢抜けていて、「幸宏さん、憧れの人とうまくいったの?」と言いたくなる程明るい。(そう言う相手が実際に居たのかどうかは、知らないが。)

 この時のライブは、2006年になってから初めてDVD化(「1983 BOYS BE BOYS」で、過去にビデオ化されたことはない)され、アルバムより4曲多い全12曲が楽しめるが、ソロアルバムの3枚目〜6枚目のベストアルバム的な選曲であることは変わりがない。





WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS/オムニバス

曲順曲   名歌詞
B.5.ドアを開ければ...


 1983年11月28日に¥ENレーベルから高橋兄弟の呼びかけで作成されたクリスマスをテーマにしたオムニバスアルバム。

 細野晴臣のインスト曲で始まり、高橋幸宏のヴォーカル曲で終わる構成。他の参加者は、ムーンライダース、越美晴、上野耕路、戸川純、ピエール・バルー、大貫妙子、伊藤銀次、立花ハジメ。




YMO

 YMOのラストアルバムは散開コンサートのライブであった。リアレンジされ、聴きやすいサウンドになっている。1984/04/18にこのライブ音源をベースにした映画「プロパガンダ」が公開され、YMOは6年間の活動を終えた。

AFTER SERVICE

1984/02/21






WILD & MOODY/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.WILD & WOODYInst.
A.2.STRANGE THINGS HAVE HAPPENED
A.3.KILL THAT THERMOSTAT
A.4.HELPLESS
B.1.THE PRICE TO PAY
B.2.BOUNDS OF REASON BONDS OF LOVE
B.3.WALKING TO THE BEAT

 1984年11月10日に¥ENレーベルからリリースされた、高橋幸宏(32歳)のソロアルバムで、通算8枚目。

 YMOの「AFTER SERVICE」では、多くの曲がリアレンジされ、音数が減った。その影響なのか、極端に音数が少ないのが本アルバムの特長である。

 一言で言えば、「音数を減らすことに拘ったアルバム」。このようなアレンジは、以後の作品にもない。強いて挙げるなら、幸宏がプロデュースした3人組ユニット「URBAN DANCE」のアルバムに繋がるぐらいだ。

 音数が少ないだけでなく曲数も7曲と少なく、ミニアルバムといっても良い。当時のジャケットは段ボール紙が使われていたような気がする。ちょうど、「増殖」みたいな感じ。しかし、アルバムとしての完成度は高い。A.1は何かを予感させる様に格好良く始まり、B.1のリズムパターンは、後の幸宏の曲にも流用された。B.3のラストのストリングは上野耕路のアレンジで、弦をシーケンスサウンドの様に扱っていて、これがまた格好良い。A.4はカヴァー曲だ。




四月の魚(POISSON D'AVRIL)/高橋幸宏

曲順曲   名歌詞
A.1.四月の魚/POISSON D'AVRIL日、仏
A.2.マリのテーマ/THEME FROM MARIInst.
A.3.CM SONG/SHOHEI'S CM SONGInst.
A.4.トイレの人のテーマ/RPOUD TOILET ATTENDANTInst.
A.5.はやる心/HEART IN A HURRYInst.
A.6.ORDINARY DAYInst.
A.7.多分、南太平洋/PROBABLY,SOUTH PACIFICInst.
B.1.BRAND NEW DAY
B.2.AT SPEAK EASY CLUBInst.
B.3.危うし!昌平/THE TROBLE WITH SHOHEIInst.
B.4.不二子のテーマ/THEME FROM FUJIKOInst.
B.5.メロ・ドラマ/SOAP OPERAInst.
B.6.四月の魚(インストルメンタル)/
POISSON D'AVRIL:INSTRUMENTAL
Inst.

 1985年4月25日に¥ENレーベルからリリースされた、高橋幸宏(32歳)の初のサウンドトラックで、通算9枚目。¥ENレーベルからのリリースは、これが最後となった。

 監督:大林宣彦、原作:ジェームス三木、主演:高橋幸宏の映画「四月の魚」のサウンドトラックである。

 一言で言えば、「インストものに目覚めたアルバム」。テーマ曲や挿入歌は当然歌詞があるが、映画のBGMなのでインストものが多い。高橋幸宏のアルバムの中で、過去にこれほどインストが多いアルバムはない。(以後に、完全インストアルバムもリリースした。)

 サウンド的に面白いのは、A.3,A.4。タイトルからして、怪しい。(^_^) そして、海を見るたびに聴きたくなるのが、A.7。目の前に雄大な海が広がるのが、イメージできる。格好良いのはB.2、優しい気分になれるのがB.4,B.5。ちなみにメロ・ドラマを英語で「SOAP OPERA」というのは、番組の提供が石鹸会社だからそうだ。





YEN 卒業記念アルバム/オムニバス

曲順曲   名歌詞
A.1.RYDEEN (REMIX VERSION)Y.M.O.
B.1.IT'S GONNA WORK OUT (REMIX VERSION)


 ¥ENレーベルが解散するのを期に1985年5月25日にリリースされた¥ENレーベル所属アーティストによるオムニバスアルバム。

 CDでは1枚だがレコードは2枚組で、ボーナスレコードの1枚は45回転/分でA面もB面も1曲ずつという珍しい構成だった。RYDEENが録音された頃には¥ENレーベルはまだ存在しなかったが、創設の功労者(?)ということで、この曲が当時流行のリミックスで収録された。高橋幸宏も新曲ではなく、リミックスである。当時はこの手のリミックスがブレークしていた。ちなみに、細野晴臣は新曲を唄った。




 こうして¥ENレーベルが解散し、高橋幸宏はCANYONに移籍し、T・E・N・Tレーベルを設立した。






次のページ(T・E・N・T期)に続く。



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